【小話】かなしいとき

人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った。

「涙」という装置が実装されているか否かの問題ではない。
悲しい、という感情が限界値まで達すると、涙を流すという行為に辿り着く前に思考がフリーズする。
そして、今ここに至るまでの自分の感情を思い出してみた。

今日の仕事はバラエティ番組の収録。
スタジオに入ったところで番組スタッフから声をかけられた。
「美風さんおはようございます。プロデューサーから差し入れあるんで、楽屋に置いておきました!」
「ありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
いつも通りの笑顔で挨拶を交わしたあと、スタッフはこう続けた。
「今日の差し入れ、紫雲庵のスイーツですよ!」
「えっ」
スタッフから聞いた和菓子の老舗の名前に、ボクは思わず声を上げた。
そこは、季節のフルーツを使ったゼリーが有名な店だったからだ。
普段差し入れをいただいてもほとんど食べることはないけれど、ほんの少しだけ胸が高鳴る気がした。
「美風さんも好きなんですね!さっき先に到着してたカミュさんにも伝えたら、満面の笑みで楽屋に向かわれましたよ」


そのあと、ボクはどんな顔で楽屋に向かったのかは記憶にない。
気が付いたら楽屋のドアを開けていて。
カミュ!」
今日の撮影を共にするメンバーの名前を叫んだけれど、そこには誰もいなかった。
テーブルの上には確かに「紫雲庵」と書かれた箱が置いてある。
しかもサイズから察するに、中身はゼリーで間違いないだろう。
早足でテーブルに近づいて、箱を開けようとして、ボクは箱の隣にあるものに気付いた。


「美風へ。ゼリーはいただいた。代わりにこれをやろう」


何が書いてあるのか、そして何が置いてあるのか、理解するまでにどれくらいの秒数を要しただろう。
そして、これが「悲しい」という感情なのか、「本当に悲しい」という感情なのかと、何度も反芻した。


テーブルには、メモと一緒にプリンが置いてあった。

 

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診断メーカーのお題で書いてみました。

 

藍のお話は
「人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った」で始まり「テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから」で終わります。
#こんなお話いかがですか #shindanmaker
https://shindanmaker.com/804548 

 

プリン、という文字を見て「プリンじゃない!ゼリー!」って怒る藍ちゃんが見てみたいなと思ったところから30分くらいで書いた妄想小話です。

こういうギャグっぽいのを書いたのが久し振りなのですが、伝わるといいなあ…。

このあとの収録でデレラがどんな空気感になっていたのか、楽しみです(怖いもの見たさ?)。

 

読んでくださりありがとうございました!