【小話】Dear my...

「拝啓、愛しい人。どうしていますか」
「あなたがこの部屋を出てから1か月。ぼくはずっと、君の残していった思い出ばかりを追いかけています」
「最後はかける言葉もなくなっていったけれど、感謝の気持ちだけはずっと忘れていないよ」
「だからせめてその思いを届けたくて、今、こうして手紙をしたためています」
「どうか幸せに。そして、ぼくのことはもう思い出さなくていいよ…」

その言葉とともに、嶺二はペンを置いて本を閉じ、目を伏せた。

暗転。

一瞬の静けさのあとに訪れた、さざ波のような拍手。

次に照明がついた時、嶺二はステージの中央でいつもの表情に戻り、客席に向けて深々と一礼した。


ステージを終えて楽屋に戻ると、入口の前に見慣れた仲間の姿を見つけた。
「アイアイ!来てたんだ!」
夏物のジャケットに細身のパンツ、普段はかけていない度なしの眼鏡をかけた藍が、嶺二に向き直る。
「前の仕事が押して、最初5分くらい遅れちゃったけどね」
「いいよいいよ、来てくれただけで嬉しい!ありがとう、入って入って!」
嶺二は先に室内に入り、藍にソファをすすめると自分も鏡台前の椅子に座り込んだ。
「はあ~今日も疲れた~!」
「お疲れ様。面白かったよ、レイジの一人舞台」
「ほんとに!?アイアイに『面白かった』って言ってもらえるなんて…お兄さんは嬉しい!」
満面の笑みで椅子から立ち上がり、藍の向かいのソファに勢いよく座り込む。
翻り、藍はしかめっ面で後ずさった。
「ねえねえ、どこが面白かった?アイアイ的にはどこが一番よかった?」
「ちょっと、迫ってこないでよ。ていうか早くメイク落としたら?」
「はいはーい!」
嶺二は鼻歌を歌いながら、再び鏡台の前に戻った。


今回の嶺二の仕事は一人舞台。それもメインはほぼ朗読で進行する。
制作側からテーマをある程度決めていいと言われ、嶺二は「失恋」を題材に選んだ。
別れたけれど忘れられない相手を思い、「出せない手紙」を綴り重ねていく。

ステージ上はその「手紙」を綴りながら朗読し、時折パフォーマンスも混ぜながらゆっくりと進行していく。
普段はあまり見せないその語り口調や表情が好評を受け、客席数500の劇場は連日満員となっている。

2週間の公演期間も残り2日を残すところで、藍が観劇に来たのだった。
「ランランもミューちゃんもあんまり感想教えてくれなくてさ~。『観てるこっちが恥ずかしくなった』とか言うんだよ~?ひどくない?」
衣装を着替え、メイクも落とし完全にオフの状態に戻った嶺二がぼやく。
「それだけレイジのお芝居がよかったってことじゃない?」
藍がフォローを入れると
「えっ、そうかな?そうかな!」
嶺二は飛び跳ねるように藍の向かいに座る。
「ボクもよかったと思うよ。レイジってこういう恋愛するんだなって、いいデータが取れた」
「ずこーっ!えっ、そこー?」
思わずつんのめる嶺二に、藍はお構いなしに続ける。
「普段なかなか見られないでしょ、そういうの。でも、ひとつだけ気になったことがあるんだけど」
「なに?」
藍は気になったそのシーンを思い出すように、ゆっくりと目を閉じた。

「最後のセリフ。『どうか幸せに。そして、ぼくのことはもう思い出さなくていいよ…』」
「うん」
「なんで主人公は、『思い出さなくていい』なんて言うの?これだけの思い出を綴った手紙を書いてるってことは、自分のことを忘れないでほしい、覚えていてほしいっていう自己主張なんじゃないの?ここまで書いておいて『思い出さなくていい』って、ボクにはよく分からない」

ん~、と嶺二は天井を仰ぎながら言葉を探す。
「確かに忘れてほしくないんだけど、でも忘れてほしいんだよね。
 彼女が次の人と幸せでいてくれたらそれでいいって思うから。
 手紙を書いてるのは、どちらかというと主人公自身が忘れたくなくて、でも忘れないととも思っていて、そのジレンマを『手紙を書く」ってことで和らげてる感じかな」
なるほどね、と藍は頷いた。
「手紙って、読んでくれる相手のために書くものだと思ってたけど、自分のために書くこともあるんだ」
「そうそう、そんな感じ」
腑に落ちた様子の藍を見て、嶺二は少しだけ安堵した。しかし、「それでも」と藍は言葉を続ける。
「もしボクが手紙を書くとしたら、やっぱり最後は本当の気持ちを書くと思う」
ボクは、相手に忘れてほしくないから。


(痛いところを突かれた、かな…)
劇場からの帰り、嶺二は車で藍を自宅まで送り届けたあとで苦笑した。
アイアイの思いは時に真っ直ぐすぎて、少しツライ。ぼくだって言えるなら…。
「こんな苦労はしてない、か」
自嘲するようにひとりごちた。

 

そんなこともあったな。
嶺二はゆっくり目を開いた。

壁に掛けられた時計を見る。開演20分前。
モニターには客席内に入場するお客様の姿が映し出され、スピーカーからも開場時間中のざわめきが流れる。
楽屋には嶺二。鏡台前の台本には、一人芝居のタイトル。
ただ違うのは、表紙に書かれた公演期間。

初演から7年の年月を経て、今回の再演を迎えた。今日はその初日。
鏡に映る嶺二は初演の時より少しだけ顎に丸みを帯び、目尻にはわずかに皺が見える。
初演の時と同じ劇場、同じ楽屋。置かれている椅子や机は少し変わったけれど、基本的なレイアウトは同じまま。
この7年で変わらなかったこともある。けれど、いろいろな経験をして変わったことも多くある。
そんな中で今、再演をやることの意味を嶺二は考えていた。

今の自分だから、できる表現を。
伝えたい思いを。

楽屋を出る前、改めて台本の最後のページを確認する。


「拝啓、愛しい人。どうしていますか」
「あなたがこの部屋を出てから1か月。ぼくはずっと、君の残していった思い出ばかりを追いかけています」
「最後はかける言葉もなくなっていったけれど、感謝の気持ちだけはずっと忘れていないよ」
「だからせめてその思いを届けたくて、今、こうして手紙をしたためています」
「どうか幸せに。そして、僕のことはもう思い出さなくていい。だけど…」

嶺二はペンを置き本を閉じ、目を伏せた。
ステージが暗転するその刹那、目を伏せたまま嶺二は言葉をつづけた。

「また会えますようにと、願うほかないのだ」

 

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診断メーカーのお題、2作目。

 

嶺二のお話は 「拝啓、愛しい人。どうしていますか」で始まり「また会えますようにと願うほかないのだ」で終わります。

shindanmaker.com/804548

こちらで書いてみました。嶺二と藍ちゃんのお話です。

嶺二の『愛しい人』って誰にすればいい!?というところからスタートで、もっと直接的にれ  い  あ  いにしてもいいかな、とも思ったのですが、締めも言葉も含めて朗読劇のような一人芝居にしたらいいのでは!(ていうか私がそれを観たい!)と思いついたところからこんな感じになりました。

 

舞台の「再演」というのも私が好きだから、というのがそのまま出てますね笑。

同じ内容、同じキャストでも、流れた月日があることで解釈とかお芝居とかが少しずつ違ってて。その変化に触れた時、とてもワクワクして嬉しくなります。嶺二はそういうところ、すごくうまく表現しそうだな、と思ってます。

チケ争奪戦、大変そうですけどね!

 

読んでくださりありがとうございました。